古道具のお掃除と「写真に写らない美しさ」

今日は、ちょいとさぼってしまっていた入荷品のそろばんのお掃除しました。
引き取りものなので軽く検品しただけで引き取ってしまったのですけど細長い方のが残念ながら珠欠けしてた・・・
ジャンクはお安く出してしまおうwネットショップもチェックしてくださってるレトロマニアの皆様お見逃しなく。

こういう稼業してるせいか、たまに頭の中にTHE BLUE HEARTSの「リンダリンダ」のフレーズが頭をよぎります。

写真には写らない 美しさがあるから

そうです、古道具屋ってのは、決して
所謂美しいものを仕入れ所謂美しいものを提供する稼業ではない(とはいえまあ美しいものもお取り扱いさせていただきますが少なくとも中古ですので)
この歌詞のように「写真には写らない美しさ」を見抜いて引き出し提供する
ってのが常であるので、時には仕入れたままというか、傷欠けあったままだとか汚れ切ったものそのまま出すってのもアリとか多々なお商売なのですよね。お客様自身が下手にいじらないでほしいとご希望され「えぇ、こんな状態でもいいんですか」と言っちゃうこともほんとあるので。
とはいえそんな人ばかりでもないので、並べる別の子やお店じたいが無駄に汚れないように、あと品質が損なわれない程度の(変にごしごしして何かがさらにはがれて状態悪化、とかありがちなのです)「お掃除」は切っても切り離せない。
古道具って大事に大事に保管メンテナンスしまくられてるモノばかりでもないので、特に。
そういうのが耐えられない人には参入できないお仕事ですね(^^;

そんなわけであんまり「写真には写らない美しさ」が失われない程度に
鼻がおかしくなるかもしれない埃だけは除去し、軽く拭き掃除して


うーん、まだしつこく珠に固形の小さい埃がこびりついてます。どこまできれいにするか、迷うところです(^^;
これがいいんだよ、残しといて って人のために置いておくべきか
もうちょっときれいなら買うのに(ちょっと汚過ぎかなー) と思う人のためにもうちょっとがんばるか
そろばんですので、水程度ならきつく拭いて品質が悪くなるとかはないですが、薬品が必要だなってなると怖いですし。

と仕入れた後も色々あるのがこのお仕事。

で、お掃除しながら思ったことがあって
お掃除上手な人って、感心するほどきれい好きだけど掃除嫌い(というか汚いものの処理や対処が極端な人)よりやっぱり尊敬されるんだよなあということ。
自分はお掃除上手ではないけれど、掃除好きでもないけど掃除嫌いでもなくて(「大」掃除は苦手)
たまに汚いものに対して「誰よこんな汚したの!!不快だからなんとかしてちょうだい」みたいな人見るとそこまで言わなくてもって思ったりして
で、そこから発展して色んな事考えてしまって
心に関してとか言葉に関してとかそういうことでも言えるよなーって。
例えば、
お掃除上手でお掃除好きな人って、感心するほどきれい好きだけど掃除嫌いというか”汚いものの処理や対処が極端な人”よりやっぱり尊敬される
を「心」に直すと
心の浄化が上手で心の浄化を積極的にしようとしてくれる人って、感心するほど心をきれいにと努めてるけど浄化嫌いで心を汚す物事への対処取扱が極端な人よりやっぱり尊敬されちゃう
悪口陰口口は一切言うなだとか、見たくない聞きたくない移されそうだから汚されたら困るから(掃除したくないからかな?w)徹底的にシャットアウトするんですみたいな人って、後者なんじゃないかと思ったりするのですよね。
お掃除の仕方さえわかってたら、汚れなんてそんないやなもんじゃないですし
めんどうーー自分が汚れるから掃除いやーーってのを「こうやったら簡単になるよーこうやったら汚れないで済むよー」ってアイデアぽんぽん出せる人って、人生も楽に乗り切る力を持ってそうで頼もしい。

酔っぱらって吐いちゃった人もさっと介抱できる人とか、血がどばーっと出て大けがしてる人のことも自分が血で汚れるとか後回しで助けてあげれる人とか
そんなのいやって人に強制はできないし誰もには無理かもですけど、そういう
常に汚さないこと・常に汚れを寄せ付けないことに必死な人じゃなく
たとえ汚れてもこうするから大丈夫平気 って言える人になりたい
ぼろは着てても心の錦的な道を行くのが古道具屋である以上、それを目指さなくなったらおしまいなのでなおさら
汚れとかお掃除とかと前向きに付き合っていけるように。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です